カルデミンミット
フォークミュージック・グループ
第9回<前編>
フィンランドに伝わる音楽を今に
フィンランドの伝統楽器、カンテレを演奏しながら歌う、女性4人のフォークミュージック・グループ、「カルデミンミット」。これまで三度来日ツアーを果たし、フィンランドのフォークミュージック・シーンで今、もっとも注目を集めるバンドです。
透き通った歌声と、フィンランドに古くから伝承されてきた音楽を、現代でも親しみやすくアレンジしたあたたかなサウンドには、世界中に多くのファンがいます。
今回、バンドリーダーのアンナ・ヴェゲリウスさん(写真左)と、メンバーのマイヤ・ポケラさん(写真右)にお話を聞くことができました! 彼女たちが曲に乗せた、フィンランドの美しい伝統詩にも注目しながら、フィンランドフォーク・ミュージックの世界をのぞいてみましょう。

マイヤ・ポケラ。アンナが持っているのが38弦カンテレ、
マイヤが持っているのが15弦カンテレ。
――まず、カルデミンミットでは4人のパートは決まっていますか? 例えばソプラノパートは誰など、バンド内での役割が決まっていたら教えてください。
アンナ(以下A) なんとなく大まかには決まっていますが、きっちりは決めてはいません。コンサートではいろいろなカラーの曲を歌うので、曲によって一番高いパートを歌うこともあるし、低いパートを歌うこともあるんです。
声の明るさやトーンでパートを決めることもあります。ただ、“私はソプラノ”、“私はメゾソプラノ”とは決めないで、高い声も低い声も、その中間もみんなが歌うんですよ。
――アンナさん自身は自分の声の個性をどう感じますか?
A 私の声は、メンバーの中では一番暗いトーンの声だと思います。レーニ、マイヤは明るくて、ユッタはその中間かな。同じAの音を歌っても、それぞれ個性があるんですよね。
――マイヤさんはどうですか?
マイヤ(以下M) 今アンナに明るい声って言われたけど、そうですね、私は割とソフトな声質だと思います。
――メンバーそれぞれの個性が美しく調和していますよね。楽器はどうでしょう? カルデミンミットは15弦カンテレと38弦カンテレを組み合わせて演奏するスタイルですが、38弦カンテレはその曲を作曲した人が弾くのですか?
A そうですね、だいたい作曲した人が一番大きな38弦カンテレを弾きますね。というのは、だいたい38弦カンテレを使って作曲するからです。それで、残りのハーモニーを15弦カンテレで作っていきます。一人が38弦、後の二人が15弦を弾きます。私たちは必ずしも4人全員がカンテレを弾く必要はないと思っているんです。チューニングなどにも時間がかかってしまいますしね。伝統曲を元にした曲には例外もあったりしますが、大抵は「これは私の曲よ」と胸を張って前に出て、大きなカンテレを弾くんです(笑)。
例外でいうと、「美しい髪(Hius heliä)」(アルバム「ミッドナイト・サン(Kesäyön valo)」に収録)は、私が学生時代に作った曲ですが、古い民謡のメロディーも含まれていて、この曲はレーニが大型カンテレを弾きます。伝統曲のメロディーを用いるときは、小型のカンテレで作曲することもありますね。
――カルデミンミットの歌には、伝統曲に詩を乗せた曲と、伝統詩にメロディーをつけた曲とがありますが、曲を作るときにはメロディー、歌詞、どちらから先にインスピレーションを受けることが多いですか?
A 詩を読んで、そこからインスピレーションを受けて作曲する場合もあるし、まず曲があって、それに合うような詩を探すということもあるし……、両方ありますね。
M 「火の起源(Tulikipuna)」(アルバム「しあわせ(ONNI)」に収録)は、詩にインスパイアされて作った曲なのよ。
――ヴァイナモイネン*が出てくる、火の起源について歌っている曲ですね。この曲には早口言葉みたいな歌詞がありますよね。
*ヴァイナモイネン……フィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』の中心人物の一人。
M ”Mis’ on tulta tuuvitettu, valkiaista vaaputettu, suurella meren selällä, ulapalla aukealla.”(火が揺れ、炎が揺らめいたのは/広大な海の上、はるか彼方の沖合に)……という部分ですね。
――呪文みたいで、聴いていてとても面白いです。
M これはフィンランド各地で収集された「ルノミッタ(runomitta)」という、フィンランドの伝統詩「ルノ(runo)」に用いられる韻律で、語頭の音の繰り返しや、意味、構造の繰り返しに特徴があるんですよ。
――では、逆に自分で作曲したメロディーに伝統詩を乗せるときのことも聞きたいのですが、どんな風に詩を選ぶのですか?
A 締め切りに追われてっていうのが多いかな(笑)。まあ、それは冗談としても、アーティストって何かとアイディアのストックを持っていることが多いと思うのですが、そういうまだ使っていないアイディアを使うこともあります。
例えば、「わがクマへ(Otsoseni)」(アルバム「ねぇ、覚えてる?(Sisko muistatko?)」に収録)という曲は、メロディーの一部が伝統曲、それに私が作曲したBパートを組み合わせたものなのですが、詩はこの本『フィンランドの民衆の古いまじないの詩(Suomen kansan muinaisia loitsurunoja)』から取っています。詩の内容はクマと人が、互いに争いを避け、共生するために交わした古い約束をクマに思い出してもらう、というもの。この本には病気の治癒や狩りの成功、日常生活を守ること、そういう祈願やおまじないの詩がたくさん収録されているんです。いわば、私の虎の巻ですね。

それから、テンポのいい曲にしたいのか、メロディアスな美しい曲にしたいのか、というのでも詩の選択は変わってきます。特にアルバムに収録するために作曲する場合は。
M そう、全部同じ雰囲気にならないように考えるんです。アルバムを作るときには、作曲して、合わせをして、レコーディングして……って、たくさんのプロセスがあるのですが、まず最初に曲ができたらそれぞれが持ち寄って並べてみて、全体のムードを見ます。そしてこの曲の次はこういう曲にしたいね、など決めていくんです。私たち自身の中から、もっとこういう曲が必要だよねっていう意見も出てきます。
Otsoseni(わがクマへ)
わがいとしきクマよ 唯一の蜜の手をもつ、美しき者
森の黄金、森の麗しき者、森に生きるまことの者よ
わがクマよ 小鳥のようにやさしき者、蜜の爪を持つ、雷鳥のごとく美しき者
森に動く黒き者、美しい毛皮に包まれた丸き者
わが金色のクマよ 蜜の掌をもつ巻き毛の者
森の黒き長老よ、誇らしき毛皮に包まれし者
永遠の和議を交わそう 境域の平和を定めよう
心からの宥和をしよう この境界の平穏のため
あなたの森を巡って行きなさい
家畜のいる草地を避け
鈴を鳴らす馬の音を聞いたなら
仔牛の鳴き声や牛飼いの話し声を聞いたなら
両の手を耳にあて
別の丘へ行きなさい 他の高台を歩きなさい
他にも地はある 遠く大地は広がっている
クマが気ままに走り 自由に涼める場所が
思い出しなさい かつての誓いを 黄泉の流れのほとりで
トゥオネラの急流の岸辺で 創り主の膝の元で交わした約束を
森の実りよ、深き森の王
ここを去りなさい この地から離れて 家畜のいる丘から遠くへ
――アルバムのタイトルは、いつもどのように決めるのですか? いつも収録曲の一つが、アルバムのタイトルになっているようですが。
M 最新アルバムの「ねぇ、覚えてる?」のことは記憶に残っています。レーニと一緒にリハーサル会場に向かう電車に座っているとき、レーニが「今回のアルバムは、“Sisko muistatko?”になりそうだよね」って言って、私もそうだなって思ったんです。このアルバムは、カルデミンミット結成20周年記念アルバムだったこともあって、テーマとしてもぴったりだなって。
A そう、私たちはだいたいいつも収録曲の一つから、アルバムのタイトルを決めていますね。今回それは歌詞の一部でもありますが、これ以上ふさわしいと思えるものはなかったんです。いつもはそれぞれがタイトル案を出して、どれが一番そのアルバムのテーマにふさわしいかを考えたりするんですけど。

――たしかに「ねぇ、覚えてる?」というタイトルは、カルデミンミットの20年という時の流れを表していますね。
M まさにそうなの。
A 作曲はしたけど、タイトルのアイディアが湧かないということもあります。そういうときはみんなで集まって検討して、決めたりもするんですよ。
――その最新アルバム「ねぇ、覚えてる?」についてお聞きしたいと思います。ライナー・ノートにアンナさんも書いていらしたと思うのですが、このアルバムには“女性であること”というテーマが根底に流れているんですね。
A はい。私たちは、2013年にアメリカから招聘されたことがきっかけになって、国際的に活動を展開するようになったのですが、ツアーを重ねていく度に感じることがありました。それはアメリカだけでなく、フィンランドも同様ではあったのですが、いつも私たちの音楽の本質より、女性のバンド、ガールズ・バンドという部分が強調されてしまうということでした。私たちは自分たちをガールズ・バンドだと思ったことはないし、そう位置づけたいとも思ってはいないんですけどね……。音楽業界、ひいてはアートの世界で女性が生きていくとき、直面するさまざまな問題について、私たちはよく話し合います。
このアルバムでは、最初にレーニが作曲した「他の子と同じ(Muut tytöt)」をみんなで合わせたんじゃないかと思うんですけど――それがアルバム全体に影響を与えたと思います。そうして作っていった曲が、このアルバムの「女性」というテーマを自然と形作っていったんですね。
M 「他の子と同じ」はとてもいい曲よね。それからアンナの「魔女の誕生(Noidan synty)」も。
A 「魔女の誕生」は、女性が力を持っているということ、そして力を持っているがゆえに、差別されてきたことを表現した曲です。
――「ねぇ、覚えてる?」には、オリジナル曲もいくつか収録されていますね。カルデミンミットは伝統曲の演奏から始まっていますが、最近はオリジナル曲も手がけていますね。オリジナル曲を作るようになったのはいつ頃なのですか?
M 確か……ユッタが最初に自由に作詞作曲をしてきたのよね。シンガーソングライタースタイルで。アルバムの「しあわせ」の頃かな。
A それからレーニが伝統詩の翻訳という形でオリジナル曲を作って……
M 私、アルバムチェックしてみる(アルバムを取りに行く)。
――ユッタさんがオリジナルソングを作ったとき、自分たちもそうしていきたいと思ったのですか?
M (戻ってきて)レーニが最初だった! 実は、私たちもその頃すでにそれぞれオリジナルの曲は作っていたんですよ。でも、オリジナルの曲もやっていきたいと表明したのはユッタだったかな。
A そう、自然な流れだったよね。たしかに今は、よりオリジナルが多くなってきていますね。レーニはベースに「レキラウル(rekilaulu)*」があるから、伝統的な要素が入っているかもしれないですけど。ユッタの方は、よりオリジナルに寄ってきているのかな。
*レキラウル…17世紀末〜18世紀頃に登場した、ドイツやスウェーデンなどの影響を受けたフィンランドの歌謡形式。脚韻があり、メロディーつきで歌われ、口語表現を特徴とする。
トラディショナルなものに、
――マイヤ・ポケラ
自分たちから生まれてくるオリジナルの
メロディーを結びつけることは、
私たちにとっては、自然なこと。
――先ほど、アンナさんの「わがクマへ」は、伝統曲とオリジナルのメロディーを組み合わせていると聞きました。そういうこともよくあるのですか?
A 「わがクマへ」については実は、もともとBパートは別のメロディーだったんです。伝統曲ではなく、もう少しモダンな曲で、誰かが作曲したクリスマスソングでした。なかなかいい感じだったんですけど、一つ問題が。誰が作曲したかわからないから、許諾の取りようがなくて。それでレコーディングのためにBパートを作らなきゃいけなくなったというわけなんです(笑)。伝統曲の部分に敬意を払いつつ全体をまとめたのですが、もともとのBパートも結構好きだったから難しかったですね。もとのヴァージョンは今でも私の頭に鳴っているくらい。でもよくできたんじゃないかと思います。
M トラディショナルなものに、自分たちの頭から生まれてくるオリジナルのメロディを結びつけることは、フィンランドの民俗音楽を学んできた自分たちにとっては、自然なことなんです。それが私たちのコアなのですから。
A 母語のようなものね。とても自然なアプローチなの。
――レーニさんは「レキラウル」を元に作詞されるそうですが、レキラウルについてもう少し教えてもらえますか? また、他のメンバーは、レキラウル以外を取り入れたりするのですか?
A そう、レーニはレキラウルが好きですね。レキラウルを元にした曲をたくさん手がけています。レキラウルは、フィンランド全土に伝わるものですが、その中でも私たちは主にフィンランド西部に伝わるアーカイブを参照しています。フィンランドには、先ほど紹介した「ルノミッタ」のリズムに沿って歌われる「ルノラウル(runolaulu)」という歌唱様式もあって、フィンランド東部に残っています。私たちはレキラウル、ルノラウルともに取り入れていますよ。
この点はフォークミュージック・バンドによってさまざまで、同じフィンランドのフォークミュージック・バンドでも、「ヴァルテナ(Vartena)」は、東フィンランドの音楽に注力しているし、「ヤァラルホーン(Gjallarhorn)」はスウェーデン語系フィンランド人の音楽をベースにしているバンドです。私たちはそういう点では幅広くとらえていますね。
M レキラウルは自然のメタファーについて歌ったりする他に、人間の感情、人をからかったり――例えば別の村の人をからかったり――、社交的なテーマなども入っていますね。初恋や失恋の歌もあります。
A 楽しみのために歌ったり、19世紀くらいから登場した、ペアをチェンジして踊るダンスの音楽でもありますね。
――面白いですね。自分のルーツや家族が暮らしていた土地の音楽を取り上げたいと思うことはありますか?
A それはとても重要な問題ですね。カレリア文化についてお話したいと思うのですが、カレリアの文化とフィンランドの文化は、実は別のものなのです。でも、よく混同されています。カレリア人は独自の民族文化を持っていて、第二次大戦時にフィンランドに逃れてきた人々です。私自身もルーツの半分をカレリアに持っていて、家族の片方はカレリアから来ました。ただ、私は自分をそこまでカレリア人として認識しているわけではありません。でも、その遺伝子は持っている。
カレリアの文化を尊重し、フィンランドの文化とはきちんと区別したい。
――アンナ・ヴェゲリウス
でも、カレリア人のアイデンティティを強く持っていない立場から、
それをどう表現していくのかは、とても難しい問題だと思っています。
A カレリアはフィンランド文化の中に入り込んでいるので、なかなか白黒分けることは難しいのです。フィンランド人の中でも、カレリアはフィンランドの一部だと思っている人が多いのですが、それは必ずしもよいこととは思えません。
フィンランドは1917年に独立した若い国家です。19世紀に「フィンランドとは何か」というナショナル・アイデンティティを形作る試みの中から、「フィンランド」という意識は生まれてきました。フィンランドにはカレリア人、ハメ人、サーミ人、スウェーデン語系の人がいます。スウェーデン時代に発展していった南西部のフィンランドには「レキラウル」が広まっていきましたが、東フィンランドとカレリアには、「ルノラウル」という形が長い間生き残っていました。フィンランドはかつては長くスウェーデンの一部だったし、ロシアの影響もあります。文化的地域はいくつかあって、多様な人々がいたので、200年前はどうだったのかということを考えながら、見出していく取り組みが必要なのかなと思います。
M 私は西フィンランドの方にルーツがあるので、西フィンランドの文化に親しみがあります。東フィンランドやカレリアの詩で作曲はしていないんです。でもすべての伝統をリスペクトしていますし、きちんと認識して尊重していきたいと思っています。
A 私たちはサーミの文化は取り入れていません。それはバンドにサーミのルーツを保つメンバーがいないからですね。
――マイヤさんが作曲した「トゥオミの花(Tuomenkukkia)」(アルバム「ねぇ、覚えてる?」に収録)という曲は、フィンランド西部のラプア地方に伝わるメロディが取り入れられているそうですね。
M 詩はラプア地方に伝わる詩の一部を採用していますが、曲は私が一部作曲して、アレンジを加えているんですよ。
――とても美しい曲ですね。
M 私もそう思います。自分でも気に入っている曲なんです。すごくインスピレーションを受けましたし、感情を揺り動かされました。
――どの部分が伝統的なメロディで、どの部分がアレンジなのですか?
M 最初の詩の部分は、ラプアに伝わるメロディですね。ハミングで歌うパッセージは、私がアレンジで入れたものです。
トゥオミの花*
声がきれいだから
歌うわけじゃない
ひとりでいるのが寂しいから
私は歌い続けるの
ああ、なんて美しい
風に揺れるトゥオミのあの花よ
ああ、過ぎ去ったあの時を
私は忘れたわけではない
年老いた母さんには
どうか、言わないで
傷つきやすい私の心は
愛にとらわれていることを
翻訳/こうのちえ *Tuomiはエゾノウワミズザクラのこと。
記事は<後編>に続きます(近日公開予定)。後編では、カルデミンミットの結成エピソードや、日本との関わりについてもお聞きします。