Photo by Maija Toivanen/HAM/Helsinki Biennial
マーリア・ヴィルッカラ
現代アーティスト
第7回<後編>
作品を作ることは、世界を分析し、反応するための方法なのです
現代アーティストとして、国際的に活躍するマーリア・ヴィルッカラさん。
フィンランドの偉大なアーティスト夫妻、デザイナーのタピオ・ヴィルッカラと、セラミックアーティストのルート・ブリュックの長女でもあるマーリアさんは、両親のもと、幼い頃から芸術的な環境に身を置いてきた。マーリアさんが4歳の頃に描いた天使の絵は壁紙になり、自身のインスタレーションにも用いられている。この天使は、2018年には日本の会社によってファブリックにもなり、手ぬぐいなどが商品化されている。

天使のファブリックについてはこちら enkeli-by-maaria.com
この愛らしい天使の絵はどのようにして生まれたのか。
「私が子どもの頃、両親は、“仕事”(アトリエやアラビアの工房)から家に帰ってきても、仕事を続けていました。それは自然なことでした。
この天使を描いたとき、母はテーブルで蝶の壁紙を描いていて、私はその反対側でこれを描いたのです。私の天使も壁紙になりました。母の蝶の壁紙も、私の天使の壁紙も、今も作られ続けていますよ。なぜ天使を描いたのかは、覚えていないのですけどね」
毎年夏になると、一家はラップランドの湖畔にあるサマーコテージで暮らした。町から遠く離れ、大自然に包まれた特別な場所で、彼らは自分たちの手で生活し、仕事をし、夏を過ごした。
こうした生活やラップランドの先住の民サーミの文化から、どのような影響を受けているのかを聞いてみたかった。
「出会った人、過ごした場所での経験が、その人のパーソナリティを形成しますよね。ラップランドの孤独の中で過ごした長い夏は、私に大きな影響を与えています。今の私を作っていると思います。
私の幼なじみはサーミの人です。今でも私たちはよく連絡を取り合っているんですよ……特に今は、ほぼ毎日ね。友だちは大切なものです。彼らは、ラップランドの印象が、私にとってどれだけ大切なのかを知っているのです。
太陽の沈まない時間。
湖が氷から解き放たれはじめる瞬間。
川が堰を切って流れる瞬間。
最初の葉が芽吹く、かけがえのない瞬間。
タピオはよく、葉が萌え出づる音が聞こえると言っていました。
――サーミの文化は素晴らしいものだと思いますが、私の作品には影響していません」
マーリアさんの作品には、繰り返し作品に現れるモチーフがある。蝶、ガラスのはしご、イタリアの絵画、椅子……。水もよく用いられているものの一つだ。例えば、「ブランコの家」では、ブランコの上に父タピオ・ヴィルカラがデザインしたグラスが置かれ、静かに水を湛えている。湖畔に設置された作品や、ボートやオールを構成要素として用い、海を模した作品もある。マーリアさんにとって“水”とはどのようなものなのか。
「反射、絶え間ない動き、危険と安らぎ。水、反射、瞬間、それらは自然や世界の変化や、変質を明らかにするものです。私たちの世界に対する認識は、どれほど曖昧でしょうか。
“私のテレビ”は、子どもの頃、ラップランドで窓から見た景色でした。番組は、風や雨。静かなとき、湖の水面は鏡のようでした。いつも移り変わっていました。決して同じではなかったのです」
作品に幾度も現れるモチーフについては、こう答えてくれた。
「ある要素が、作品からまた別の作品へと移り、新しい意味を生み出していくのです。
イタリアの絵画は、ポストカード、アートのポストカードです。ポストカードは、かつてアートを共有する一番簡単な方法でした。祖父は祖母にアートのポストカードを送ったし、両親は私に送り、今、私は娘に送っています。
――私の作品にあるポストカードは、だいたいイタリアからのものです。イタリアは私たちが旅した場所で、私はそれらのイタリア絵画が大好きだから。絵画に描かれている人物は、もう家族の一員のようなものなのです」
叙情的で、物語を語りかけるようなマーリアさんの作品だが、そこに内包されているのは、決してやさしさや美しさだけではない。ヘルシンキビエンナーレに出展された、「NOT SO INNOCENT」(2021)は、割れたガラスで海を表現した、暴力と不条理を感じさせる、美しくも不穏な作品だ。
ーーこの作品の舞台となったのは、かつて要塞として使われていた島の地下室だった。アーチ型の天井の地下室は割れたガラスで満たされ、通路には暴動鎮圧用シールドが浮かび上がっている。螺旋階段には一筋の光が見え、黄金の環と響き合っている。この作品には、次のような言葉が添えられた。
隠された構造が暴かれるとき、誰も完全には無実でいられない

Photo by Maija Toivanen/HAM/Helsinki Biennial

Photo by Maija Toivanen/HAM/Helsinki Biennial

Photo by Maija Toivanen/HAM/Helsinki Biennial

Photo by Maija Toivanen/HAM/Helsinki Biennial
「ここは、歴史、自然、戦争の気配の強い、とても特別な場所です。
実際、私は現在も存在する、隠された暴力について考えていました。まさに“隠された構造が暴かれるとき、誰もが完全には無実でいられない”のです。
この海は、氷のような印象を与えます(場所が地下室なので、物理的にもそう感じるでしょう)。でもこの海、この溶けた氷は、割れた窓でできているのです。かつてその向こう側を誰かが見ていた、その向こう側に誰かが待っていた、そしてその向こう側で誰かが別れを告げた、窓。かつては壊れていなかったのに、誰かが……おそらく石を投げたのだろう、窓」
2007年にヴェネツィアビエンナーレで展示され、今年2024年にイスタンブールで再び展示されている「LANDING PROHIBITED」も、美しさの中に切迫したメッセージを孕んでいる作品だ。
ーーこの作品ではガラスの破片が、陸にたどり着くのが困難なほど荒れ狂う海を表している。割れたガラスの破片は、ムラーノ島の工場のもの。ヴェネツィアの運河沿いに掲げられている「上陸禁止」の警告標識にインスピレーションを受けたマーリアさんは、色鮮やかな無数のガラスの破片を使って、故郷を追われ、海を渡らなければならなかった人々の危険な旅を浮かび上がらせた。




このインタビューの前編で紹介したマーリアさんの言葉を、ここで再び考えてみたい。
私は自分に見えているものと、自分が見たくはないものを扱います。
何が起きているのか、そして、何を知りたくないのか。
作品を作ることは、世界を分析し、反応するための方法なのです。
2024年10月、フィンランドのタンペレにあるサラ・ヒルデン美術館で、マーリアさんの回顧展「Maaria Wirkkala: EDES TAKAISIN」(英語タイトルはMaaria Wirkkala: Back for a momen)」が開催された。展覧会のために制作された新作とともに、これまで作られてきた作品を再構築し、40年に渡る活動を紹介している(2025年1月19日まで)。
幸運にも11月にフィンランドを訪れることになり、この展覧会を観る機会に恵まれた。これまで作品に現れてきたモチーフが、新しい印象を伴って展示されている。湖畔という美術館のロケーションを活かし、その場所でしか起こり得ない、はっとさせられるような“瞬間”がいくつも創り出されていた。

マーリアさんの作品の構成要素の一つ、ガラスの梯子が使われた作品。
Photo by Jussi Koivunen / Sara Hildén Art Museum.

ブランコの上に、タピオ・ヴィルッカラのグラスが載せられている。
Photo by Jussi Koivunen / Sara Hildén Art Museum.

展覧会の様子。
Photo by Jussi Koivunen / Sara Hildén Art Museum.

Photo by Jussi Koivunen / Sara Hildén Art Museum.

Photo by Jussi Koivunen / Sara Hildén Art Museum.
マーリアさんの作品は、その性質から、限られた期間だけしか公開されない作品も多い。これほどまでに研ぎ澄まされ、高い完成度を誇る作品たちが恒久的には残らないことについては、どう捉えているのだろう。
「何枚か作品の写真を残しますよ。――また別の機会/シチュエーションで使われるのを待っている構成要素もいくつかあります。
でも、一時的な作品だからこそ、人々の心に残ることもあるのです。作品を見た人から声をかけられて、“あの瞬間”を覚えていますよ、そして“あの場所”を見る目が変わりました、と言われると、驚き、幸せな気持ちになります。作品はもうなくても、その人は作品を見ているのです」
作品は心の中に生き続ける。
確かに、中綱湖の鏡のような湖に浮かぶ木舟と、深い森の影から響く鐘の音の風景は、少しも褪せることなく心の中に息づいている。そして、その地にかつて語られた伝説も……。
自分の家の山笠が一番だ、と誇らしげに話していた蓬平の人たちも、それはきっと同じなのだろうと思う。いつかこの作品の公開が終了しても、マーリアさんの作品がふるさとに作り出した美しい夕暮れの光景を、彼らはずっと心に抱き続けるだろう。
Maaria Wirkkala
マーリア・ヴィルッカラ/1954年ヘルシンキ生まれ。現代アーティスト。陶芸家・写真家として作家活動を始め、1980年代から空間インスタレーションを手がける。自然と人間の関係性や共存の歴史、人々の暮らしの中で息づいてきた記憶や伝説をテーマに、詩的な情緒を持つ作品を生み出している。ヴェネツィア・ビエンナーレをはじめとする世界各地の国際美術展に参加。日本では大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、横浜トリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭などの芸術祭に出展。尊敬するアーティストは、チャーリー・チャップリン。「微笑みと涙が、同時にあるからです」
http://www.maariawirkkala.com/
2024年6月18日 フィンランド・エスポーにて
企画・取材/kukkameri
執筆/内山さつき(kukkameri)
取材協力/ロミ・マキコ
協力/スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団