ティモさんとヴェーラさん。「Kehvola」(ケフボラ)の共同創業者であり、プライベートでは2人の子どもがいる父と母でもある。ヴェーラさんのオフィスの前にて。ティモさんのアトリエも同じ通りにある。
ティモ・マンッタリ
イラストレーター、グラフィックデザイナー
第5回<後編>
自分の会社だからどこまでも自由。
歴史あるアトリエで刺激を得る日々
ティモ・マンッタリさんといえば、公私共にパートナーのヴェーラさんと立ち上げた、デザインカンパニー「Kehvola(ケフボラ)」。商品は、フィンランドやヨーロッパのお店に卸しているほか、ハカニエミ・マーケットホール内には直営店舗があり、そこにはティモさんを中心に、人気イラストレーターが手がけた、ポストカードやポスター、ノート、カードゲーム、キッチンクロス、絵本など、さまざまなアイテムがそろっています。後編ではKehvolaの活動についてお聞きします。
――ティモさんのお話をうかがっていても、これまで手がけたたくさんの作品を拝見しても、とても順調にキャリアを積んでいるように感じますが、困難に直面したことはありますか。
T 初期は驚くほど順調でした。今の方がコンペティションもずっとタフだと思います。1990年代と比べると、雑誌のイラストの仕事自体が減っています。また、当時、広告代理店が、新しいスタイルを持ったイラストレーターを求めていたというのも非常に大きかったと思います。
デジタル化が出版業界に与えた影響は大きいですね。購読者も広告も減っていき、イラストレーションの予算は削られていきました。これは、私たちがKehvolaを立ち上げた理由のひとつでもあります。
――まさにKehvolaの誕生についてお聞きしたいと思っていました。フィンランドで素敵なお店を訪ねると、Kehvolaのポストカードが置いてあって、見つけるたびに心躍ります。手にとると、クレジットにティモさんや、マッティ・ピックヤムサさん、マリカ・マイヤラさんと人気イラストレーターさんの名前が印刷されていて、私は皆さんの作品が大好きなのですが、おそらく3人の作品との初めて出会ったのも、Kehvolaのアイテムだったと思います。Kehvolaって、一体どんな会社なんだろう? とずっと気になっていました。
T Kehvolaは、パートナーのヴェーラ(Veera Kehvola)と一緒に2013年に立ち上げました。
前回お話しした通り、当時、フィンランドでは、フリーランスのイラストレーターが仕事を得るのがだんだん難しくなってきました。出版社は、不平等な契約を求めてきて、それを承諾するイラストレーターしか使わなくなったのです。そもそもイラストレーション業界全体の仕事が減っていく中で、ギャラも下がっていきました。
ヴェーラは、ヘルシンキ現代美術館(キアズマ)とアテネウム美術館のミュージアムショップでストアマネージャーとして働いていました。彼女はその経験から「お店に何が足りないのか」というのをよく理解していました。そこで私たちが最初に作ったのは、6種類のヘルシンキのポストカード。始めたばかりの頃は、その6種類のポストカードが詰まった段ボールが2つ、自宅の寝室の隅にポツンと置いてあっただけ。それをヴェーラはあちこちのミュージアムショップに売り込んだのです。
――Kehvolaは、創業者であるティモさんのイラストレーションだけでなく、他のイラストレーターの商品も制作、販売していますね。Kehvolaのコンセプトはどのようなものなのでしょうか。
T 私たちが好きなイラストレーターを選んでいます。その基準は、彼らの作品が私たちのスタイルにフィットすること、ですね。
――日本とフィンランドを比べると、単純に人口の違いから(フィンランドの人口は約550万人)、フィンランドの出版業界やイラストレーション業界のマーケットは、日本よりも小さく、イラストの仕事の機会を得るのは、おそらく簡単なことではないですよね。
T 全くその通りです。フィンランドのマーケットはとても小さいので、例えば、子どもの絵本の原稿料はとても少ないです。しかも今の政府は、残念ながら文化に優しいとは言えない。それは私たちのようなクリエイティブな仕事をしている人たちの生活を脅かすものでもあります。
――そんな状況にある中でも、ティモさんのイラストレーションは、フィンランドに限らず、他のヨーロッパ諸国や日本でもとても人気があり、商品もとても売れていますね。それについてはどう思われますか。
T Kehvolaの成功は、本当に驚きであり、継続的な制作意欲につながっています。自分の会社なので、クライアントに気を遣う必要もなく、自由に制作できるのが本当に楽しい。Kehvolaのためにイラストを描いてくれるアーティストたち、そして共同経営者として、ともに歩み続けてきたヴェーラには本当に感謝しています。彼女は立ち上げ当初からずっと勇敢で、私たちの会社がどうあるべきか明確なビジョンを持っていました。
――ご自宅とは別にアトリエをお持ちだとお聞きしました。どのような場所なのでしょうか。
T 3年前に自宅のすぐ隣にアトリエを借りました。ここでは創作だけでなく、在庫管理なども行なっています。アトリエのあるヴァッリラ地区は、100年以上前の古い木造建築が建ち並んでいて、私たちの前に借りていた人は、インダストリアルデザイナーで、ここで40年くらい仕事をしていました。この歴史あるアトリエは刺激的でインスピレーションを得ることもあります。ただ夏はとても暑いですけどね。
――1日をどのように過ごしていますか。毎日やっているルーティンワークなどはありますか。
T 特にルーティンワークというのはありません。どちらかというと、1年を通して、私たちは季節ごとにやることが決まっています。特に秋は、会社を経営する上でとても忙しいシーズンです。絵を描く時間がありません。春は、来年のカレンダーのための絵を描きます。夏は、新しいクリスマスカードを描くのですが、次第に時間を取るのが難しくなってきました。
――どんなときにインスピレーションを得ますか。
T アイディアは制作中にわいてきます。
T あとは、ヴェーラとKehvolaのイラストレーションについてよく話します。もし良い解決方法が見つからなければ、パソコンの前にいくら座っていても意味がありません。なので、散歩に出かけて、何かしら解決方法を見つけられたら戻ってきます。今のところ、ちゃんとアトリエに戻ってくることができていますよ。
――今後の活動について教えてください。
T 今は、秋のポストカードのデザインを進めながら、新しいクイズカードゲームのためのイラストレーションも手掛けています。あとは、ヘルシンキをモチーフにした絵本もつくっているところ。順調にいけば、来年発売されます。どうぞお楽しみに!
Timo Mänttäri
ティモ・マンッタリ/1969年フィンランド・ヘルシンキ生まれ。トゥルク・アーツ・アカデミーで学んだ後、ヘルシンキ芸術デザイン大学(UIAH・現アアルト大学)に入学。グラフィックデザイン専攻。主な仕事に、日刊紙『Helsingin Sanomat』、政治や社会、文化を扱う、権威ある雑誌『Suomen Kuvalehti』、アートやポップカルチャー、ファッションをテーマにしたライフスタイルマガジン『Image』(1995〜2014年)、映画会社との仕事(1997〜2015年)、本のデザイン(2000年〜)など。2013年に公私共にパートナーのVeera KehvolaさんとデザインカンパニーのKehvola Designを立ち上げ、商品の企画・デザインを担当している。
【Kehovla商品の購入について】
商品の一部は、日本でも購入可。中でもECショップの「ソピバ北欧」では、ポストカードやポスター、2025年のカレンダーなど、Kehvolaの商品を数多く販売している。
2024年6月15日 フィンランド・ヘルシンキにてKehvola取材。後日、7〜8月にかけて追加インタビュー
企画・取材/kukkameri
執筆/新谷麻佐子(kukkameri)
協力/スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団