テルヒ・エーケボム
アーティスト、イラストレーター、グラフィックデザイナー
第3回<後編>
心の中に生まれたイメージを模索し、育てていく日々
アーティスト、イラストレーター、グラフィックデザイナーとして作品を手がけるテルヒ・エーケボムさん。フィンランドの人たちの生活に深く根付いている森についてや、子どもの頃の夢、パブリックアートの仕事などについてお聞きしました。
――絵本『おばけのこ』では、深く暗い森が印象的に描かれていますね。フィンランドの人たちにとって、森はとても身近なものだと聞きますが、テルヒさんにとって森はどんな存在ですか?
T 森はとても大切なものです。今年、東京に3週間滞在したのですけど、東京には森がないので大変でした(笑)。あなたにとって森とは何か、と聞かれたら説明しにくいのですが、精神的なものでもあるし、身体も心も影響を受けるものです。なかなか言葉では表現できないのですけど。この本の中では、森はまさに、主人公たちの精神状態のシンボルとして描きました。
――どういうときに森に行きたくなりますか?
T 毎日行きたいです。2日くらい前かな、夕方遅い時間に自転車で森の中の小道を通っていったときもとても美しかったし、朝、霧が出ているときも素晴らしい。昼間の森は生きているように、森が呼吸しているように感じられます。いつ行っても森は美しいんですよ。
でも、日本にももう一度行きたいと思っています。今度は和歌に詠まれている山や月、桜などを見てみたいですね。日本の森にも行きたいです。
――日本の文化に興味はありますか?
T 日本には子どもの頃から興味を持っていました。日本の詩や和歌については、私は専門家というわけではなく、文学の勉強をしたこともないのですが、いち読者としていつも幸せな気持ちで読んでいます。『百人一首』と菅原孝標女の日記(『更級日記』)をフィンランド語で読みました。
――平安時代の文学がフィンランドで愛読されていることに驚きます。
T 古い文学がこうして残っていることは、とても良いことですよね。人間という存在にとって素晴らしいことです。フィンランドにはここまで古い文学は残っていなくて、フィンランド語として書かれたものは割と新しい時代のものなので、千年以上も前の人の気持ちをこうして読んで知ることができるのは素敵なことだと思います。
少し前は、詩の雑誌の仕事をしていて、そのときにはたくさん詩を読んだし、詩の世界に入っていけたのは、個人的にもとても嬉しい経験でした。
小さい頃は、トントゥになりたかった。
サンタクロースと一緒に、
森の中で、子どもたちにプレゼントを作って
暮らしたかったんです。
――子ども時代は、どんなことに興味がありましたか? 絵を描く仕事がしたいと思ったのはいつ頃ですか?
T 字が書けるようになったのは4歳なんですが、絵は1歳から描いていたんですよ。だからそちらのほうが向いていたのかもしれませんね。
両親は芸術を高く評価する人たちでした。と言ってもアートを仕事にしていたわけではなく、日々の生活のための仕事をする必要があり、だからこそ娘の私が絵を描いたり、物語を描いたりすることをサポートしてくれたんです。
子どもの頃は違う夢もあったんですよ。船長とか、トントゥとか、手術するお医者さんとか。
――トントゥですか!? それはユニークですね。
T トントゥたちは、サンタクロースが子どもたちにプレゼント作るお手伝いをするんですよね。子どもに絵本を作ったりしながら、サンタクロースと森の中で一緒に暮らしたかったんです。
親は弁護士になった方がいいと思っていたみたいです。でも芸術家になってしまったから、もう変えられないですね(笑)。
――テルヒさんも今、絵本を作って人々に届けているので、トントゥのようなお仕事をしているのではないでしょうか。
T そうですね、たしかに。夢が実現したのはすごいことですね。
――今はどんな仕事を手がけていますか?
T ガラスに絵を描く作品を作ったりしています。今は大きな仕事が終わったばかりで、少し疲れています(笑)。コミックの仕事もしていますよ。
この絵は、エッセイのシリーズで作るつもりで描いたもの。なぜこの女性が木の上にいるのか、私にもまだ分かっていないんです。これからいろいろ探っていかないといけないですね。

近刊予定のセリグラフィー(シルクスクリーン印刷)シリーズの一部。


『What If-novel』より。

三人のロシア人と二人のフィンランド人の漫画家が互いにサンクトペテルブルクとヘルシンキを訪ね合い、それぞれの歴史に関連した作品を制作。テルヒさんは、きのこ狩りにロシアとフィンランドの共通点を見つけ、作品を創作した。
T 他の人が書いたストーリーに絵を付けることもありますが、自分でストーリーと絵を手掛けることがとても大切だと思っています。展覧会も開催したりしますが、アート作品としてスクリーンプリントの制作もやってみたいですね。
――制作の過程で、一番楽しいときはどんなときですか?
T 仕事をしているときはすべて楽しいですが、「今から何か見つかりそう! そこにきっと何かがある!」と思えるときが一番わくわくするときです。昨日ちょうど同じアーティスト仲間とそんなことを話していて、一緒だねと盛り上がったんですよ。
いろいろなアイディアが頭にあって、それを自分で決められるというのが大事ですね。何かこういう作品を作ってくださいと依頼されると、あちこち考えたりできないから……。自分で全部決めていいときには、いろいろ考えてみて、何が絶対的に良いのかがわかるんです。
――これからどんなテーマの作品を作ってみたいですか?
T まだはっきりと決まってはいなくて、今イメージを作っているところです。テーマは、「悲しみを乗り越えること」と、もう一つ、何かずっと抱え続けていたものを、もういいんだよ、と手放すというか、解放したその後の過程を描いてみたいと思っています。面白そうだけれど、やってみないとどうなるかわからないですね。
今のところは「悲しみ」と「手放す」テーマは異なるプロジェクトとして進めていますが、もしかしたら一つのものになるかもしれない。何か見つけていかないといけない、今はその段階です。
――テルヒさんは表現の幅が広いですが、普段画材は何を使っていますか?
T 大きさによって異なりますが、いつも使っているのは鉛筆、マーカー、絵の具です。大きな仕事になると、金属も使います。壁に大きなものを描くときは、免許が必要な、上に登ったり下がったりする特殊な機械も扱いますよ。そのプロジェクトによって画材や機材を選ぶことになりますね。
――パブリックアートの作品はどこで見られますか?
T タンペレ、トゥルク、クオピオ、コッコラ、エスポーなど、フィンランドのいろいろな地方にあります。保育園の壁や病院、学校など、観光客はあまり自由には入れない場所かもしれませんが。壁画や壁に飾ってあるものもあります。私のサイトにもいくつか紹介されていますよ。

小学校のためのインスタレーション、壁にプリント。
Korkeakosken koulu, Kotka 2019
Photo: Linda Varoma

Korkeakosken koulu, Kotka 2019
Photo: Linda Varoma
――テルヒさんの作品には一つ一つの動きを丁寧に追っていて、アニメーションの要素を感じます。映像的な作品だと思います。
T 一つのシーンを描くときに、それを頭の中で様々なアングルから見ているという点で、私の作品は映像的なのかもしれませんね。娘が小さかったときは、そんなにフットワーク軽く動くことができなかったので、アニメーションについては学んでいませんが、アニメーションを作ることは一つの夢ですね。いつか挑戦してみたいです。

Terhi Ekebom
テルヒ・エーケボム/ヘルシンキを拠点とし、アーティスト、グラフィック デザイナー、イラストレーターとして活躍。2000 年にヘルシンキ美術大学(現アアルト大学)を卒業後、ヴィジュアルアート、グラフィックデザインを学び、2002 年、ヘルシンキ・メトロポリア応用科学大学を卒業。壁画やガラスを扱ったパブリックアート、コミックスなどを制作。線描を用いたイラストで、広告の仕事も数多く手がける。2014 年、フィンランド漫画協会から、優れたフィンランド人漫画家に贈られる「プーパ―帽賞」を受賞。ミラノ、ブリュッセル、サンクトペテルブルク、ニューヨーク、シカゴなど世界各地での展覧会にも参加。『おばけのこ』(求龍堂)は、初の邦訳作品。https://terhiekebom.com/
2023年9月7日 オンライン取材にて
企画・取材/kukkameri
執筆/内山さつき(kukkameri)
協力/求龍堂
フィンランド語通訳/奥田ライヤ
毎回アーティストインタビューの後に、kukkameriの二人がそれぞれ感じたことを言葉と絵で綴る「kukkameri通信」をお届けします。kukkameri通信 #03 Terhi Ekebom (近日公開)
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