ヴィルピ・スータリ
映画監督
第2回<後編>
アヴァンギャルドでありつつ、遊び心を持って
アルヴァの精神を映像に吹き込む
公開中のドキュメンタリー映画『アアルト』。フィンランドの世界的建築家でデザイナーのアルヴァ・アアルト(1898−1976)の人生とその作品を巡る映画について、監督のヴィルピ・スータリさんに、制作秘話や見どころを聞きました。
――パイミオのサナトリウムや労働者向けの住宅などをはじめ、アアルトのデザインは、常に人間の暮らしに寄り添った視点で設計されています。二人(アルヴァ、アイノ)のその「人間的なあたたかさ」は、どこで培われたのだと考えますか?
V 一概には言えませんが、おそらく子ども時代ではないかと思います。アルヴァが育ったユヴァスキュラでは、子どもが最優先という文化があって、家の中でも一番いい部屋は子どもに与えられたんです。また、アルヴァは文学が好きで、『ハックルベリー・フィンの冒険』など人間味溢れた文学に親しんでいます。
それから二人が共通して興味を持ったのは、共に旅したイタリアの建築でした。特に中世の建築、イタリアの小さな村の広場(ピアッツァ)などに関心を持っています。実は1921年に、アイノはアルヴァよりも先に建築家として他の女性建築家たちとともにイタリアに行っていて、そこでたくさん写真を撮ったりしています。イタリアの公共の広場のような場所に人間味を与えることに、二人とも関心があったのです。
V また、当時のバウハウスやモダニズム、社会主義的な考え方も影響していると思います。「すべての人の日常を美しくする」というのがアイノのデザインの倫理観の核でした。アイノが手がけたデザインは、例えばガラスウェアもそうですが、裕福な人のためだけではなく、すべての人のためのものです。彼女は同じ考えから、幼稚園やヘルスセンターのデザインを手がけました。この社会的な倫理がアイノのデザインを導いていたのです。
すべての人が使える公共の場所という意味で、図書館の設計もアアルト精神の美しい例の一つですね。
――この映画では、建物をとらえた美しい映像がとても印象的です。建物を美しく撮影するにあたって、どんなことを工夫しましたか? アアルトの建築を美しく見せるには、特に何が不可欠だと考えましたか?
V すべてではありませんが、いくつかの建物には人を入れて撮影しています。特に図書館は私自身の思い出もあるので、子どもを入れて撮影することを大切にしました。建築物やすでに亡くなっている人についての映画を、活気があるように見せるのは難しいことです。でもアアルト建築は有機的なので、できるだけ生き生きと見せたかったのです。 それには、リサーチを丁寧に行うことが必要でした。この映画を作るのには4年間かかったのですが、2年間は集中してこの映画を制作しました。ロックフェラー財団のアーカイブや、イタリアのアーカイブなど、世界中の資料をあたりました。
フランスの画商のルイ・カレの依頼で、所蔵する美術品を美しく展示するため設計された別荘
V また、彼らがいかにインターナショナルな建築家だったのかということも表現したいと思いました。結果、この映画は7ヶ国で撮影され、7ヶ国語が登場します。一つの映画の中で、これだけ違う言語が話されているのは、とても良かったと思います。
効果音には、アアルトベースをヴァイオリンの弓でなでたり、
木の素材に大理石や石を打ち付けた音を
サウンドトラックに入れたりしています。
硬質なガラスを有機的に表現した革新的なデザイン。
V 編集する際も慎重になりました。古い写真を生き生きと見せるために、画面を3分割にしたり、2分割にしたり、サウンドデザインにも注意を払いました。今回のサウンドトラックは、素晴らしいジャズドラマーが作曲を手がけてくれたのですが、有機的で遊び心のあるサウンド、曲作りを目指しました。
というのは、アルヴァはとても遊び心があった人だったからです。例えば、効果音には、アアルトベースをヴァイオリンの弓でなでたり、木の素材に大理石や石を打ち付けて録音したのをサウンドトラックに入れたりしています。アヴァンギャルドでありつつ、遊び心のあるアルヴァのやりかたを、音楽や音にも反映させました。
建物はとにかく動かないので(笑)、どうしたら有機的に見せられるかというのには頭を悩ませました。例えば光が移り変わっていく様子などを撮る方法もありますが、撮影できる日数は限られていますし、いつもいい光が撮影できるわけではないので、映像だけでなく、サウンドや他のツールを使ったというわけなのです。
アルヴァはとてもフレキシブルな人でした。共に働いていた人が、今まで会った中で一番融通の利く人だった、と証言しているほど。「家は時計ではないのだから、完璧でなくていい」というのがアルヴァの考えでした。例えばファサードがあまりうまくいかなかったら、それなら蔦か何か絡ませておけばいい、とかね(笑)。
なので、アルヴァにならってフレキシブルなマインドを持つことをいつも頭に置いていました。映像がパーフェクトでなかったら、サウンドを工夫すればいいという柔軟さと遊び心を持つことをね。
――この映画では、2番目の妻エリッサについてもアイノと同じように掘り下げられていたのが、アアルトの仕事の全貌を知る上で大変興味深かったです。アルヴァという天才に捧げた彼女の生き方、仕事における役割についてなどどう考えますか?
V すべての人から愛されたアイノが亡くなったその後を継ぐように事務所に入るのは、本当に大変なことだったと思います。アルヴァはその頃すでに国際的で偉大な建築家になっていましたし、エリッサはアルヴァより20歳以上も年下で、まだ若い建築家だったわけですから。誰にとっても難しいポジションだったでしょう。アルヴァは、エリッサについて、アイノの死後の人生に笑いと喜びをもたらしてくれたと語っています。アルヴァはエリッサをとても必要としていたのです。
またエリッサ自身も建築家であり、オフィスのリーダーのような、アルヴァとスタッフとのコミュニケーションの橋渡しを務めました。アルヴァの死後、未完のプロジェクトをいくつも完成させたのも彼女でした。エリッサはとても重要な人物です。
まあ、彼女がアルヴァのために「エルサ」から「エリッサ」に名前を変えたというのはちょっと怖いなと思いましたけどね。エリッサはアイノに少し似ていますよね。アルヴァが、エリッサにどんな洋服を着るかについてまで指示したり、ちょっと独裁的かなとは思う部分はありますけど、アルヴァの傍らでエリッサは美しい人生を送ったと思います。
エリッサとはアイノ亡き後、1952年に再婚
――この映画を制作するにあたって、膨大な資料に当たられ、たくさんの人たちに取材されたと思います。その中でも、特に監督の心に残っていることは何ですか?
V 手紙です。それから、アアルトの評伝を書いたヨーラン・シュルツが行ったインタビューの音源を手に入れたことも大きなことでした。そのテープの一部を映画に使っていますが、実際に彼らを知る「証人」の資料はとても大切なものでした。
というのは、私は、この映画をただ研究者たちが語る普通のドキュメンタリーにはしたくなかったからです。アイノ、アルヴァ、エリッサの三人の「人間」を描くことに集中したかった。
だから彼らの肉声とも言える手紙が、私にとって一番重要なものになったのです。
Virpi Suutari
ヴィルピ・スータリ/1967年生まれ。ヘルシンキを拠点に、映画監督、プロデューサーとして活躍。ヨーロッパ・フィルム・アカデミー会員。映画『アアルト』は、“フィンランドのアカデミー賞”と称されるユッシ賞で音楽賞、編集賞を受賞した。
2023年10月2日 都内某所にて
企画・取材/kukkameri
執筆/内山さつき(kukkameri)
取材協力/ドマ
映画『アアルト』
2023年10月13日(金)〜ヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK吉祥寺、
10月28日(土)〜 東京都写真美術館ホール、ほか 全国順次公開!
邦題:アアルト
原題:AALTO
監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会 協力:アルテック、イッタラ
2020年/フィンランド/103分/(C)Aalto Family (C)FI 2020 – Euphoria Film
公式HP:aaltofilm.com
毎回アーティストインタビューの後に、kukkameriの二人がそれぞれ感じたことを言葉と絵で綴る「kukkameri通信」をお届けします。
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